2018年10月9日火曜日

真田幸隆から4代の系譜まとめ

皆様こんにちは!


今回が2回目の記事投稿となりますが、真田一族の活躍が具体的な記録として残されているのは幸隆さん以降であることに間違いありませんので、これから個々のエピソードをじっくりご紹介させて頂く前に、幸隆さんを仮の1代目としまして、4代目までの一族の系譜、血脈を一気にまとめてみたいと思います。



<1代目>
真田幸隆
・1513年(永正10年)~1574年(天正2年) 享年61歳
・兄弟 : 綱吉、矢沢頼綱、常田隆永、鎌原幸定、海野幸景、萩原綱重
・正室:恭雲院(河原隆正の妹)
・側室:羽尾幸全の娘





<2代目>
真田昌幸
・1547年(天文16年)~1611年(慶長16年) 享年64歳
・兄弟 : 信綱、昌輝、信尹、金井高勝、清鏡、娘3人
・正室 : 山手殿(寒松院殿)


※ここでは昌幸さんをメインとしていますが、信綱さん、昌輝さんら他の兄弟の活躍についても、あらためてご紹介させて頂く予定です。



<3代目>


真田信幸(信之)
・1566年(永禄9年)~1658年(明暦4年) 享年91歳
・兄弟 : 信繁、昌親、信勝、娘7人
・正室 : 小松姫(本多忠勝の娘)
・側室 : 清音院殿(真田信綱の娘、元の正室)
・側室 : 右京(玉川秀政の娘)





真田信繁(幸村)
・1567年(永禄10年)~1615年(慶長20年) 享年49歳
・正室:竹林院(大谷吉継の娘)
・側室:隆清院(豊臣秀次の娘)
・側室:堀田興重の娘または妹
・側室:高梨内記の娘






<4代目>


・信幸の子 : 信吉、信政、信重、道鏡慧端、娘2人
・信繁の子 : 幸昌、守信、幸信、娘7人



こうしてまとめてみますと、いずれの代もしっかり子宝に恵まれており、しかも戦死者を除くといずれの兄弟も当時としては長命だったようですので、真田一族と言うとついつい生き残りの為の戦略や戦術などの知的能力ばかりに目を向けがちですが、より根源的、本能的な生命力や生殖力においても優れた一族であったことがあらためてよく判りますね。

(もちろん、これは家康をはじめ乱世を生き抜いた大名家共通の存続条件とも言えますが。)

さて次は、真田一族の活躍した時代のおもな年表をまとめてみたいと思いますが、こちらは少々時間がかかりますので、あらためて更新させて頂きたい所存です。






0 件のコメント:

コメントを投稿